タイトル画像

スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]
タイトル画像

今、書かなければいけない気持ち(後篇)

2015.05.18(02:56)

前篇からの続きです。



『余命3ヶ月』と聞かされてから、ものすごくショックで、1人で泣いて…何度も「何で?3月には元気だったのに!」と信じられない気持ちでいっぱいで…

でもその3ヶ月の間に、私なりに何か出来る事が無いのかと、色々考えました。


おじさんが辛いと言うから、緩和ケア出来るホスピスへの転院を考えたらどうか?と思って近くのホスピスを探したり…
(入院してる病院自体も信用出来なかったし)

あとおじさんが「死ぬ前に一目、実の娘に会いたい」と言っていたと聞いたので本気で探す為、友人に相談したり。
(探偵も考えてたけど、相談したら「実の娘なら戸籍から追えるはず」と判明)


でもそれらをするには全ておじさんの身内であるお姉さんの許可が必要な訳で…。
うちの母に私の考えを伝えてもらったのですが、全て
「もう5月いっぱい持つかもわからないんだから、何もしなくてもいいわよ」と…(-_-;)

おじさん本人にも聞いたら「娘には会いたい」と言ったらしいんだけど、お姉さんが「それは無理だから諦めなさい」って言ったそうな…

正直悔しかったです。おじさんは会いたがってるし、私も探したいと思っているのに!(所沢に住んでいて結婚して3人の子持ち、と言うのは判明済み)
でも私は“娘のように可愛がってもらっていた”とは言っても、本当の娘でも血縁者でもない
うちの母だって、ほとんど奥さんのようでもあり、姉のようでもあっても、ただの友人でしかない


血縁者の許可なく何も出来ないのが、本当に悔しかった。


そんな何も出来ないもどかしい気持ちの中、14日の夜におじさんが危篤だという知らせが来た。

ちょっと待って。

まだ3ヶ月経ってないよ。

まだ長男だってお泊りの予定日じゃないよ。

前にお見舞いに行った時からまだ11日で、その時は小さい声だけど話していて、子供達見て笑ってて。

私まだ、おじさんの為に何も出来てないよ。


15日の朝、急いで病院に向かった。
状況がわからなかったから、子供達は保育園に預けて。
本当は長男を連れて行くのは迷ったけど…土曜まで持つ事を信じて私だけで向かった。

病院にはうちの父と母、そして沢山のおじさんの飲み友達の方々がいました。
意識は朦朧としているものの、目も開いていて、みんなの事もわかっているようでした。
でも12日前に会った時も痩せていて驚いたのに、それよりもっと痩せていて…声もほとんど出せないからか時々イライラしたように叫んだり。

そんなおじさんを見て涙が出そうだったけどグッとこらえて、
「明日は長男を連れて来るって言ったでしょ?だから頑張って。待っててね」
と告げました。
表情は変わらなかったけど、うちの母の問いかけに「ばかやろ」と小さな声でつぶやいたりして、友人の方々は皆
「その毒づきをもっと聞かせてくれよ」
と言いながら辛そうに笑いました。

待合室に行って、号泣しました。
本当はずっと付いていたい。
でも母も帰ると言うし、私も午後から何時でも仕事に来てくれと言われていたのでとりあえず仕事へ。
仕事する気分じゃなかったけど、忙しくしてた方が気が紛れて良かったし、この日は夜から歓迎会で出るの迷ったけど外にいた方が何かあった時すぐに向かえると思ったから参加。
病院にいた時は泣いてばかりだったけど、飲み会で楽しく喋って気分転換になりました。


その日は母からの連絡は無く、とりあえず就寝。
朝起きて母に連絡をしてお姉さんに確認してもらった所、意識はあったり無かったりだけどまだ息はある状態との事。
もし意識が無かったらまた私だけで行くべきかとも思ったけれど、意識が少しあると聞いて急いで家族全員で病院へ。

病院に着いた事を母に電話したら、母が走って私達の所に来て、
「走って!もうヤバい!」
私と長男は急いで走り、特に長男は母に引っ張られて私より先を走って行った。

そして私より先におじさんの所に着いた長男と母は、すぐに
「おじさん、長男来たよ!」と言って駆け寄った。
私が着いた時には、血圧計は“0”と表示され、少しだけ針が動いてるだけの状態…

間に合わなかった…

私はもうおじさんの前で涙を我慢出来ませんでした。

「おじさん…典子だよ…長男も約束通り来たよ…」
おじさんは動かなかった。

長男は「おじさん、石みたいだよ…死んじゃったの…?」と言って、泣いている私を見た。

すぐに医師が駆け寄り、12時5分にご臨終と言われた。

私達が到着したのが12時3分。

その場にいたみんなが泣いた。

長男に「うん…おじさん天国に行っちゃったね…寂しいね…」と泣きながら告げたら、長男も泣き出した。

それこそ一番大きな声で。隣りに入院してる患者さんいるもいるから、母が「もう少し声おさえて」と言った位。

長男にはわからないだろうと思ってたから、私もたぬきち君も驚きました。

本当の孫のように可愛がられて、大切にされてた事、ちゃんとわかってたんだね。

おじさんの事、大好きだったんだね。

悲しい気持ちの中、そんな長男の心の成長が嬉しくも感じた。


後から長男に聞いたら「着いてすぐ、来たよーって言ったらおじさん「あー」って言って、すぐ石みたいになっちゃった」と言っていました。

もしかしたらギリギリ長男だけは間に合っていたのかも知れない。

おじさんは頑張って頑張って、長男が来て安心して逝ったのかも知れない。

最後に見た姿は、長男とうちの母だったのかも知れない。

本当の事はわからないけど、そう思いたいです。そう思って生きたいです。




18日にお葬式で、最後のお別れです。

16日はずっと泣いて、17日の今日もこれを書きながらまた泣いてしまったから、多分またお葬式でも泣いてしまうと思います。

けど多分おじさんって、普段は憎まれ口ばかりだったけど酔った時はデレデレになってたから、きっと

「おじさんの為に泣いてくれるのは嬉しいけど、ノッコはもうお母さんなんだから、子供の前で泣いてばかりいちゃー駄目だぞー。でもたまにはおじさんの事思い出してな~」
なーんて酔っ払いながら言いそうだなぁって。

なんか今でも車に乗ってうちのマンションの下に来て、

「遅いぞ!早く長男乗せろ!」
とか言いそ~、なんて思ってしまう。


おじさん、ありがとね。

おじさんの娘さんの代わりになれたかな?

子供達も孫だと思って大切にしてくれてありがとね。

本当のじいじよりもいっばい会ってたもんね(^_^;)

貸してたお金も気にしてたけど、元々返してもらう気なんて無かったよ。

沢山お世話になって、そんなんじゃまだ返し足りない位だよ。

いつも夏~秋に行く旅行も、3月に行けたのは奇跡だったんだね。

神様が教えてくれたのかな?


けどさ、何だかんだいっぱいケンカしてたけど、一番大事だったのはうちのお母さんだよね。

お母さんもお父さんが頼りないからまだまだ大変だし、おじさんの余命がわかってから眠れないし食事も誰かと一緒じゃないと取れないって言ってたからさ

だからしばらくうちらの事はいいから、お母さんを見守っててね。

私も連絡頻繁にするし、実家にも行くけど、寂しいからって連れて行っちゃ駄目だよ。

おじさんがいなくなっただけでも、みんな悲しいたんだから。


お葬式でそう心の中で言うつもりです。

長男にもお手紙書かせたから、おじさん天国で泣いちゃうかもね~☆あはは…


悲しいけど、この気持ちを忘れません。
命って儚いです。
だから大切にするし、粗末にする人は許せません。

沢山嫌な事もあるけど、「生きてるだけで幸せだ」って心から思います。
誰だって明日には死ぬかも知れない。
だから毎日を大切に生きていこうと思う。


スポンサーサイト

コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://miuseiha.blog18.fc2.com/tb.php/578-d4e7d4b2
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。